自閉スペクトラム症のある子どもの親に対する応用行動分析によるインターネット親教育プログラムの効果
自閉スペクトラム症 (ASD) における親のための教育プログラム (PE) は、ASD のある子どもともに生きる家族をサポートする重要な要素とされています。本研究では、ASD の子どもの親が ABA の知識と基本的な教授法を習得するために、短期間のインターネット ベースのオンデマンドプログラムを実施しました。参加者である親は自宅からオンデマンドの講義に参加し、講義の内容に基づいてホームワークを実施しフィードバックを行いました。精神健康度(GHQ30) と応用行動分析の知識 (KBPAC)がプログラムの前後に評価されました。25 人の参加者のうち、21 人がプログラムのすべてのセッションにアクセスし、すべてのホームワークと事前および事後評価を完了しました。結果、不安と気分に関する GHQ のサブスケールの得点とKBPACの得点がはプログラム後に有意に改善しました。掲示板を介した参加者間のコミュニケーションは低かったものの 事後アンケートではプログラムに対して肯定的な結果が得られました。これらの結果は、ASD のある子どもを持つ親にとって、オンラインによるオンデマンド型のABA に基づく支援プログラムの有用性を示唆しています。
場面緘黙症の長期転帰 主観的治癒感への影響要因
選択的緘黙症(SM)のある人の中には、ある程度話をすることが可能になり、医学的診断基準からも外れ、医学的には「治癒した」というレベルになっても、本人は「治癒した」と感じない方がおられます。本研究ではこの「主観的治癒感」に着目し、SMの治療においては単に話せるかどうかだけでなく、対人不安に関連した心理的側面とその支援の重要性を強調したものです。
本研究ではSMを経験し治癒を実感した人(SM-C群。女性30名、男性6名)、SM経験者で治癒を感じなかった人(SM-NC-group: 女性37名、男性4名)、SM未経験者(非SM群女性30名、男性30名)を設定し、SMの長期予後とSMの主観的治癒感に影響を与える要因について検討しました。結果,SM-C群とSM-NC群では,非SM群と比較して,対人不安が有意に高く,コミュニケーション能力が有意に低いことが示されました。さらに、SM-C群はSM-NC群に比べ、対人不安が有意に低く、コミュニケーション能力も有意に高いことが示されました。自尊心については、SM-C群とSM-NC群の間に有意な差はなかったが、SM-NC群と非SM群の間に有意な差がみられた。SM-C群とSM-NC群では,回顧的症状(SMQ-J)に差はありませんでしたが,現在の話すことの困難さの程度には差がありました。ロジスティック回帰分析の結果、コミュニケーション能力と自尊心はSMの主観的治癒感に影響しませんでしたが、対人不安と現在の発話困難が影響することが示されました。対人不安の強さと現在話すことに困難性を感じているかどうかが、SMの主観的治癒感に影響すると考えられました。2022/8
解説動画
知的障害と強度行動障害のある人の親の回顧的報告によるチャレンジング行動の発達軌跡
知的障害 (ID) のある人は、行動上の問題を抱えるリスクが高いといわれています。本研究では、ライフステージの異なる知的障害者におけるチャレンジング行動(CB)の重症度の違いを調査しました。データは19歳以上の知的障害と強度行動障害のある方の親47名から、回顧的インタビューとして収集されました。最終的な調査対象者28名のデータ解析から、(a)CBの重症度は、小学校、中学校、高校、高校卒業後に比べて、就学前の段階で最も低く、(b)ライフステージ間の違いは個々のCBのタイプに依存すること、(c)0歳から2歳の子どもに最も多く記録されたCBは極度の多動、次が重度の睡眠障がいでした。本研究はいわゆる強度行動障害の重篤化における早期スクリーニングと支援の必要性を示しています。2022/6
発達障害のある日本人の子供のためのコミュニティベースのペアレントトレーニングプログラムの結果の評価:遡及的パイロット研究
発達障害のある児の親のためのペアレントトレーニング(PT)は、日本を含む多くの国の地域社会で推奨されています。PTは親の育児スキルとメンタルヘルスを改善するだけでなく、子どもの適応スキルを改善し、行動上の問題を減らすことができます。親と子の両方に対するPTの有益な効果に関するエビデンスにもかかわらず、地域ベースで実施されるPTの効果に関するエビデンスは不足しています。またそれらのPTが、さまざまなタイプの発達障害のある子どもの親に同様の影響を与えるかは不明です。この研究では、地域ベースのPTの結果として、親のメンタルヘルスと発達障害のある子どもの適応スキルに同様にポジティブな変化が起こるかどうかを調べることを目的としました。臨床現場でPTプログラムに参加した128人の親からのデータと、自閉スペクトラム症、知的発達症、およびその他の発達障害のある2〜17歳の128人の子どもに関するデータを分析しました。 PTプログラムは、応用行動分析をベースにし、親が家庭で子どもに適応スキルを教えるのに役立つように計画されていました。その結果、PT後、子どもの障害の種類に関係なく、親のメンタルヘルスは大幅に改善したことがわかりました。PT期間中、ほとんどすべての親は、子どもを対象としたいくつかのホームワークを実行することができました。発達障害のある子どもたちの中には、これによっていくつかの適応スキルを身につけることができました。また研究結果は、これらの親とその子どもたちに持続的なサポートを提供することの重要性を強調しています。2022/6
自閉スペクトラム症のある幼児のための応用行動分析の在宅介入に関する日本人の親の経験
エビデンスのある介入プログラムを広げていくには、その介入プログラムを選択し利用する親がその過程の中でどのような体験をしているかを明らかにし、場合によっては必要な支援を行っていくことが重要です。本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)のある幼児を持つ日本人の親に対して、ホームベースの応用行動分析(ABA)を実施する上での利点と困難点に関して調査し質的に分析しました。ホームベースのABAを受けていたASDのある児を持つ35人の親に自由形式の質問紙調査が実施されました。親の平均年齢は38.7歳(SD = 3.80)であり、ABAの開始からの期間は25.5ヶ月(SD = 19.58)でした。ASDのある子どもの平均年齢は64.5ヶ月でした(SD = 37.7)。データはKJ法を使用して分析されました。ABAを実施することの利点として、親自身の成長と子どもの発達に関連するカテゴリがあげられ、困難点としては仕事と家庭の責任のバランスや心理的な問題などがあげられました。考察ではこの結果を英国の同様の先行研究と比較しています。親が感じる利点に関しては英国の親との共通点が多かったのですが、困難点には相違が生じており社会制度や文化差によってABAを実施する親の困難と必要な支援が異なることが示されました。今後は量的なデータの分析を行うとともに、日本での親に対する必要な支援についてより具体的に明らかにしていくことが課題となります。2022/7
自閉スペクトラム症のある子どもへの遠隔相談での親を介在したトイレット・トレーニング:症例報告
海外在住のASDのある5歳の子どものトイレットトレーニングが、親を媒介した遠隔相談として実施されました。段階的な目標設定と分化強化の適用によって適切な排便行動が増加しました。家庭で生じている行動は遠隔相談のターゲットとして有効と考えられますが、ペアレント・トレーニングなどのプログラムの延長線上にあるとよいと思います。2022/1
山口穂菜美・佐竹隆宏・井上雅彦(2022)自閉スペクトラム症のある小児に併存した
食後の不安と感覚過敏を伴う摂食障害の一例 小児の精神と神経62(2)117–125 A Case of Child with Autism Spectrum Disorder Comorbid Eating Disorder with Postprandial Anxiety and Sensory Sensitivity
食後の嫌悪的な結果と食物による感覚的な特徴の回避という回避・制限性食物摂取症(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder:ARFID)様の症状を呈した自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)のある9歳の小児に対して入院にて心理教育とトークンエコノミー法を用いた行動的介入を行った症例を報告した.入院開始時,患児の摂食量は1 日1口程度であったが心理教育と行動的介入の開始後徐々に摂食量および体重が増加したため149日目に退院となった.心理教育によって食後の嫌悪的な結果への対処行動を身につけたこと,トークンエコノミー法によって経口摂食の動機づけが高まったことが有効であったと考えられる.さらに,保護者を通した心理的介入を行ったことや,ASD特性に配慮した方略を用いたことが重要な役割を果たした.また,精神科医,小児科医,心理職の多職種連携を行ったことで,身体面,栄養面,行動面の多面的な治療を行うことができたと考えられる.
2022/6
山口穂菜美・井上雅彦(2022)障害児通所支援におけるペアレントトレーニングの実施状況と課題 小児の精神と神経62(2)141–150 Survey on Parent Training Programs in the Developmental Support Centers for Children
障害児通所支援におけるペアレントトレーニング(以下,PT)の実施状況に関する調査の二次分析を行い,医療型および福祉型児童発達支援センター(以下,センター)と児童発達支援事業所および放課後等デイサービス(以下,事業所)で行われるPTの実施と普及に向けた課題を検討した.その結果,実施プログラム,PT実施者,PTの評価についてセンターと事業所でおおむね共通した特徴がみられた.一方,運営やPTの対象となる子ども,PTを実施するうえでの困難については一部異なった特徴がみられた.課題として,障害児通所支援の職員に対するPT研修やPT実施者へのスーパーバイズの
機会の増加およびPTを実施できる人員の確保,利用しやすい評価ツールの開発などがあげられ,センターがPT実施において中核的な役割を担っていくことが期待されることを指摘した.今後,PT実施に関する困難の背景や実態をさらに調査していくことが望まれる.
2022/6
井上雅彦・福崎俊貴(2022)強度行動障害のある人の鳥取県における総人口調査.自閉症スペクトラム研究19(2),25-34.
A total population survey of people with severe behavioral disorders in Tottori prefecture in Japan
強度行動障害の地域での支援体制整備のためには対象に関する総人口調査が必要である。本研究は鳥取県が2017年に全県の福祉事業所・特別支援学校に実施した無記名調査よりデータの提供を受け分析したものである。福祉事業所や特別支援学校から強度行動障害判定基準10点以上または行動関連項目10点以上を対象として返送された回答数は182名であり、強度行動障害判定基準10点以上は144名であった。これは調査時の県内療育手帳所持者の約2.6%にあたり、国の推計と比較すると倍以上の数値であった。また強度行動障害判定基準10点以上の対象者のうち行動関連項目で10点未満であった者が14名(9.7%)存在した。この14名は強度行動障害判定基準得点の平均が12点、かつ「ひどい自傷」、「強い他傷」、「著しい多動」、「粗暴で恐怖感を与え、指導困難」などの項目得点が低い傾向が示され、このようなタイプの人にとっては行動援護などの支援対象から外れるリスクがあることを示した。年齢、性差、障害支援区分、併存診断、居住形態、行動問題の種類別の分析データについて統計的分析を行い、他地域の調査データや海外研究と比較し考察した。今後、国内複数地域における強度行動障害に対する総人口調査、縦断的な調査の必要性と国や地域レベルの支援政策の必要性について指摘した。2022/2
嘉手苅瑠輝・足立みな美・井上雅彦(2022)自閉症スペクトラム児への音韻分解と音韻抽出課題を用いたしりとり指導—ひらがなの読みが未習得であった事例—.自閉症スペクトラム研究19(2),49-56.
Teaching the Japanese game of Siritori using phonemic segmentation and phonemic abstraction for an autism spectrum child : A case in which Hiragana words reading was not unacquired
本事例では、ひらがなの読みが未習得である自閉症スペクトラム児に対して、しりとりの習得に向けた指導を実施した。指導開始前、対象児は獲得している名詞の語彙が多いにも関わらず、ルールに沿ったしりとりの実施は困難であった。また対象児へは文字刺激を用いた教示やプロンプトは困難であったため、指導には文字刺激を用いず絵カードを使用した。指導は音韻抽出課題、音韻分解課題、しりとり課題1、しりとり課題2の順で段階的に実施した。しりとり課題1では、口頭でのしりとりの習得を目指した。ただし、本課題では単語の語尾が特殊音節であった場合はしりとりを始めから行い、それ以外の場合は継続して行った。しりとり課題2では、口頭でのしりとりの中で単語の語尾音が撥音の場合、そのことを指導者に報告することを目指した。なお、両しりとり課題では絵カードを用いた回答を求める絵カード選択応答条件から、口頭での回答を求める口頭応答条件へと移行できるよう課題を設定した。その結果、17セッションで全課題の達成基準を満たし、口頭でのしりとりの中で単語の語尾音が撥音であることを報告することが可能となった。指導後、対象児は遊びで保護者としりとりをするなど、指導内容が日常生活場面でも般化したことが報告された。本事例から、ひらがなの読みが未習得である自閉症スペクトラム児に対して、しりとりの習得に向けた、音韻分解課題と音韻抽出課題を用いた段階的な課題設定は有効である可能性が示唆された。2022/2